ディオゲネス言行録紹介

ディオゲネスは、貨幣を粗悪品に造り替えたことで国を追われ、海賊に捕らわれて奴隷になり、大きな甕(かめ)に住んで乞食をし、プラトンに「狂ったソクラテス」と呼ばれた哲学者。シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフトが作った社交嫌いの紳士が集うクラブの名前にも使われる。
 
ギリシア哲学者列伝』(中)、著:ディオゲネス・ラエルティオス/訳:加来彰俊
岩波文庫から抜粋
 

第六巻第二章 ディオゲネス

 

「ある人が彼を豪奢な邸宅に案内して、ここに唾を吐かないようにと注意したら、彼は咳払いをひとつしてから、その人の顔面に痰を吐きかけて、もっと汚い場所が見つからなかったものだから、と言ったのだった。」136頁

 

「彼は金に困ると、友人たちに、貸してくれとは言わないで、(返すべきものを)返してくれと言ったものだった。」147頁

 

「またあるとき、彼はひとつの彫像を無心した。そして、どうしてそんなことをするのかと訊かれると、「断られることを練習しているのだよ」と彼は答えた。」150頁

 

「彼が人にものを無心する場合には――といっても、最初は食べるのに困ってそうしたわけだが――彼は次のような言い方をした。「もしすでに他の人にも与えておられるなら、わたしにも下さい。だが、まだ誰にも与えておられないなら、わたしからまず始めてください。」」151頁

 

「あなたはどこの国の人かと訊ねられると、「世界市民だ」と彼は答えた。」162頁

 

「彼は劇場へ入って行くときには、ちょうど出て来る人たちと鉢合わせになるようにしたものだった。それで、どうしてそんなことをするのかと訊かれると、「これこそぼくが、僕の全生涯を通じてなそうと心がけていることなのだ」と彼は答えた。」163頁

 

「下手な射手を見て、「ここなら当たらないだろう」と言いながら、彼は標的のそばに腰を下ろした。」166頁

  

「世のなかで最もすばらしいものは何かと訊かれたとき、「何でも言えること(言論の自由、パルレーシアー)だ」と彼は答えた。」167頁

 

「彼は、人の見ているなかで、しばしば手淫に耽りながら、こう言っていたものである。「お腹の方もこんなふうにこするだけで、ひもじさがやむとよいのになあ。」」167頁

 

「彼は、奴隷として売り出されたときにも、まことに堂々とした態度でそれに堪えた。というのも、彼はアイギナ島への航海中に、スキルパロスの率いる海賊どもによって捕らえられ、クレタ島に連れて行かれ売りに出された。そして触れ役の者が、お前にはどんな仕事ができるのか訊ねたとき、「人々を支配することだ」と彼は答えたからである。またその折りに彼は、紫の縁飾りのある立派な衣装を身につけた或るコリントス人、つまり(…)クセニアデスのことであるが、その人を指さして、「この人におれを売ってくれ。彼は主人を必要としている」と言ったのであった。それで、クセニアデスは彼を買い取って、コリントスへ連れ帰り、自分の子供たちの監督にあたらせ、また家のこといっさいを彼の手に委ねた。そして彼の方は、家事全般をたいへんうまく取りしきったので、主人のクセニアデスは、「よきダイモーン(福の神)が私の家には舞い込んだぞ」と言いながら、そこらじゅうを歩き廻ったほどであった。」171-172頁

 

ディオゲネスプラトン

「彼が野菜を洗っているのをプラトンは見て、彼のそばに歩み寄り、おだやかな口調で、「もし君がディオニュシオスに仕えていたなら、君はいまごろ野菜なんかを洗うことはなかったろうにね」と言った。すると彼も同じようにおだやかな調子で、「君の方も、もし野菜を洗っていたなら、ディオニュシオスに仕えてはいなかったろうにね」と言い返したというのである。」158頁

 

「ある人から、「君にはディオゲネスはどのような人だと思えるかね」と訊かれたとき、プラトンは、「狂えるソクラテスだ」と答えた。」154頁

 

ディオゲネスと人間

「あるとき彼が、「おおい!人間どもよ」と叫んだので、人々が集まってくると、彼は杖を振り上げて彼らに迫りながら、「ぼくが呼んだのは人間だ、がらくたなんぞではない」と言ったのだった。」136‐137頁

 

「彼は白昼にランプに火をともして、「ぼくは人間を探しているのだ」と言った。」144頁

 

「彼がオリュムピアから帰ろうとしていたとき、大勢集まっていたかねと訊ねた人がいたので、彼はその人に、「大勢だったよ、でも、人間は僅かだったね」と答えた。」159頁

 

ディオゲネスと哲学

「哲学から何が得られたかと問われて、「他の何もないとしても、少なくとも、どんな運命に対しても心構えができているということだ」と彼は答えた。」162頁

 

ディオゲネスアレクサンドロス大王

アレクサンドロス大王は、もし自分がアレクサンドロスでなかったとしたら、ディオゲネスであることを望んだであろうに、というふうに語ったとも伝えられている。」137頁

 

「彼がクラネイオンで日向ぼっこをしていたとき、アレクサンドロス大王がやって来て、彼の前に立ちながら、「何なりと望みのものを申してみよ」と言った。すると彼は、「どうか、わたしを日陰におかないでいただきたい」と答えた。」141頁

 

アレクサンドロス大王があるとき彼の前に立って、「余は、大王のアレクサンドロスだ」と名乗ったら、「そして俺は、犬のディオゲネスだ」と彼は応じた。」160頁

 

アレクサンドロス大王が彼の前に立って、「お前は、余が恐ろしくないのか」と言ったとき、それに対して彼は、「いったい、あなたは何者なのですか。善い者なのですか、悪い者なのですか」と訊ねた。そこで大王が、「むろん、善い者だ」と答えると、「それでは、誰が善い者を恐れるでしょうか」と彼は言った。」166頁