第六巻第二章 ディオゲネス
「ある人が彼を豪奢な邸宅に案内して、ここに唾を吐かないようにと注意したら、彼は咳払いをひとつしてから、その人の顔面に痰を吐きかけて、もっと汚い場所が見つからなかったものだから、と言ったのだった。」136頁
「彼は金に困ると、友人たちに、貸してくれとは言わないで、(返すべきものを)返してくれと言ったものだった。」147頁
「またあるとき、彼はひとつの彫像を無心した。そして、どうしてそんなことをするのかと訊かれると、「断られることを練習しているのだよ」と彼は答えた。」150頁
「彼が人にものを無心する場合には――といっても、最初は食べるのに困ってそうしたわけだが――彼は次のような言い方をした。「もしすでに他の人にも与えておられるなら、わたしにも下さい。だが、まだ誰にも与えておられないなら、わたしからまず始めてください。」」151頁
「あなたはどこの国の人かと訊ねられると、「世界市民だ」と彼は答えた。」162頁
「彼は劇場へ入って行くときには、ちょうど出て来る人たちと鉢合わせになるようにしたものだった。それで、どうしてそんなことをするのかと訊かれると、「これこそぼくが、僕の全生涯を通じてなそうと心がけていることなのだ」と彼は答えた。」163頁
「下手な射手を見て、「ここなら当たらないだろう」と言いながら、彼は標的のそばに腰を下ろした。」166頁
「世のなかで最もすばらしいものは何かと訊かれたとき、「何でも言えること(言論の自由、パルレーシアー)だ」と彼は答えた。」167頁
「彼は、人の見ているなかで、しばしば手淫に耽りながら、こう言っていたものである。「お腹の方もこんなふうにこするだけで、ひもじさがやむとよいのになあ。」」167頁
「彼は、奴隷として売り出されたときにも、まことに堂々とした態度でそれに堪えた。というのも、彼はアイギナ島への航海中に、スキルパロスの率いる海賊どもによって捕らえられ、クレタ島に連れて行かれ売りに出された。そして触れ役の者が、お前にはどんな仕事ができるのか訊ねたとき、「人々を支配することだ」と彼は答えたからである。またその折りに彼は、紫の縁飾りのある立派な衣装を身につけた或るコリントス人、つまり(…)クセニアデスのことであるが、その人を指さして、「この人におれを売ってくれ。彼は主人を必要としている」と言ったのであった。それで、クセニアデスは彼を買い取って、コリントスへ連れ帰り、自分の子供たちの監督にあたらせ、また家のこといっさいを彼の手に委ねた。そして彼の方は、家事全般をたいへんうまく取りしきったので、主人のクセニアデスは、「よきダイモーン(福の神)が私の家には舞い込んだぞ」と言いながら、そこらじゅうを歩き廻ったほどであった。」171-172頁
「彼が野菜を洗っているのをプラトンは見て、彼のそばに歩み寄り、おだやかな口調で、「もし君がディオニュシオスに仕えていたなら、君はいまごろ野菜なんかを洗うことはなかったろうにね」と言った。すると彼も同じようにおだやかな調子で、「君の方も、もし野菜を洗っていたなら、ディオニュシオスに仕えてはいなかったろうにね」と言い返したというのである。」158頁
「ある人から、「君にはディオゲネスはどのような人だと思えるかね」と訊かれたとき、プラトンは、「狂えるソクラテスだ」と答えた。」154頁
・ディオゲネスと人間
「あるとき彼が、「おおい!人間どもよ」と叫んだので、人々が集まってくると、彼は杖を振り上げて彼らに迫りながら、「ぼくが呼んだのは人間だ、がらくたなんぞではない」と言ったのだった。」136‐137頁
「彼は白昼にランプに火をともして、「ぼくは人間を探しているのだ」と言った。」144頁
「彼がオリュムピアから帰ろうとしていたとき、大勢集まっていたかねと訊ねた人がいたので、彼はその人に、「大勢だったよ、でも、人間は僅かだったね」と答えた。」159頁
・ディオゲネスと哲学
「哲学から何が得られたかと問われて、「他の何もないとしても、少なくとも、どんな運命に対しても心構えができているということだ」と彼は答えた。」162頁
「アレクサンドロス大王は、もし自分がアレクサンドロスでなかったとしたら、ディオゲネスであることを望んだであろうに、というふうに語ったとも伝えられている。」137頁
「彼がクラネイオンで日向ぼっこをしていたとき、アレクサンドロス大王がやって来て、彼の前に立ちながら、「何なりと望みのものを申してみよ」と言った。すると彼は、「どうか、わたしを日陰におかないでいただきたい」と答えた。」141頁
「アレクサンドロス大王があるとき彼の前に立って、「余は、大王のアレクサンドロスだ」と名乗ったら、「そして俺は、犬のディオゲネスだ」と彼は応じた。」160頁
「アレクサンドロス大王が彼の前に立って、「お前は、余が恐ろしくないのか」と言ったとき、それに対して彼は、「いったい、あなたは何者なのですか。善い者なのですか、悪い者なのですか」と訊ねた。そこで大王が、「むろん、善い者だ」と答えると、「それでは、誰が善い者を恐れるでしょうか」と彼は言った。」166頁