読書会「今さらひとりじゃ読めない苦海浄土」用に第一部のみ読了。世界文学にまでなった聞き書き。呪術師となった主婦と棄民たちの現われの政治。

水俣病の死者たちの大部分が(……)いわれなき非業の死を遂げ、生き残っているではないか。(……)僻村といえども、われわれの風土やそこに生きる生命の根源に対して加えられた、そしてなお加えられつつある近代産業の所業はどのような人格としてとらえられねばならないか。独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬが、故郷にいまだ立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ているわたくしは、わたくしのアニミズムとプレアニミズムを調合して、近代の呪術師とならねばならぬ。」(44頁・下段)

 

イェルムスレウ・シンポに向けて平田君の論文読了。

『千のプラトー』における抽象機械の理論について : イェルムスレウの言語素論における言語図式に着目した考察

恐る恐る読むと、なかなかみっちりと論じられてて、こちらがシンポで使おうとしてた地層化/脱地層化の議論も展開されていたので(あとそれに関連した江川さんの論考も出てきたので)、着地点が似たようなものになるとしたら自分が出る意味ってどれくらいあるのかなぁとちょっと気分が下がってしまった……優秀な後輩、怖いわ~。事前にもっと話し合えばよかったかも。

まぁ、そのぶん気楽にもなったので、同じ論点に向けてガタリ・ルートを示すという思想史的な論考でよいかなという気持ちになってきた。平田論文は基本『千のプラトー』に限定された議論なので、ガタリの70年代初頭からの流れを示せればと思います。それと自分はここまで言語素論万能派ではないので(私はどちらかというと記号論&語用論に軸足を置いてます)、その点を描ければシンポとしては仕事したことになるのかなという感じです。ちょっと方針が固まってきましたね。やれやれ。

なんにせよ、今回は後輩の研究活動を盛り上げるために頑張ります!