ガタリ論文の修正というかリブート(既出論文の前半を再構成して、後半はまるっと削除して書き下ろした)、ようやくひと段落。

終わった後にここまで「やったったぞ、クソッタレが!!!!!!!!!!!!!」と思った原稿もなかった。まぁ、正確にいうとまだ終わってはいなくて、世に出すためにはまだまだ工程があるんだけどね。とりあえず一旦休憩できる……


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呪術系文献、読了。「精霊を処方する」と書くとだいぶ中身と違うけど、読みながらそういうことばが思い浮かんだ。

医学・医療と呪術(治療儀礼)の違いについておもしろかったのは、医学・医療が「これはどういう病気か、どういう仕組みで生じるのか、どうすれば治療できるのか」という病気自体への関心が強いのに対して、呪術(治療儀礼)は「なぜ他の誰かではなく、この私(あるいは大切なあの人)が病気になったのか、どうすれば治療できるのか」という病気になった因縁への関心が強いという点。医学・医療の観点が近代科学的で汎用性が高いのに対して、呪術(治療儀礼)の観点は病気になった個人の社会的・ミクロ政治的な特異性に焦点を当てていくというか。

「なぜ他の誰かではなく、この私(あるいは大切なあの人)が病気になったのか、どうすれば治療できるのか」という問いは重い病気になれば抱くことを避けがたいだろう(ちょっとしたことでも「何でオレやねん!」ってよく言うてるわ……)。ほとんど実存的・運命論的な問いで本来は答えようがないと思うが、これに答えられる方法があると言われると例え悪質なものであってもすがりつきたくなるだろうなぁ。逆にいえば、これまで呪術任せにしてきたこの問いにちゃんと向き合える(寄り添える?)態度や方法が生み出せると良いのかも。

スキゾ分析は呪術からそのエッセンスを得ている部分もあるので、使う人の倫理観も考えていかないと。使える人がいたとしての話だけど……